夫の会社には「永年勤続旅行」という制度があります。
勤続30年の節目に、会社からまとまった旅行代金が支給されるというもの。
ちょうどその30年の時、新型コロナウイルスが流行し始め、その使用期限が延長されていました。
そして去年の年末、その期限がいよいよ迫っていました。
夫の裏切りが発覚する前は、この旅行をとても楽しみにしていました。
「家族で海外に行けたらいいね」と話していたのも、もう何十年も前のこと。
子どもたちはすでに独立し、今回は夫婦ふたりで行こうと話していました。
私は犬を飼ってから10年以上、家族旅行だけでなく私個人での泊まりの旅行などほとんどしたことがなく、
せめてこのときぐらいは娘に犬を託してのんびり旅行したい──そう思っていました。
けれど夫は「犬と一緒がいい」と強く主張。
そのときは「私と二人きりの旅行は嫌なのかな」と、少し寂しさを感じていました。
今となっては、それすらも“私と二人きりで過ごす楽しみ”など、夫にはもうなかったのだと分かります。
夫にはすでに「大切にしている別の女」がいたのです。
旅行が決まった頃、私はすでに夫の裏切りを知っていた
旅行の話が進む頃には、私は夫の裏切りをほとんど把握していました。
探偵の調査、そして私自身の独自の調べで、夫が誰とどんな時間を過ごしていたか──ほぼ全て知っていたのです。
だから、旅行の話が出ても心は冷めきっていました。
期限が切れても構わない、とすら思っていたほどです。
それでもある日、夫が突然「旅行会社に行くぞ」と言い出し、犬と泊まれる宿を予約。
断る理由もなく、私は淡々と夫に付き合う形でその旅行に行くことになりました。
会話のない道中、淡々と終わっていく旅行
旅行は高額で豪華なものでしたが、道中片道5時間の車内ではほとんど会話なし。
使う車は、女とのデートで使った車。
私よりも、その女が長く座ってきた助手席に座るだけで、心が冷えていくのを感じました。
宿に着いても、話すことといえば犬のことくらい。
部屋も2ルームに分かれ、それぞれ別で就寝。
アウトレットで買い物をし、豪華な食事を食べても、心は空っぽのまま──
あんなに楽しみにしていた旅行が、ただ“消化するだけ”の時間になっていました。
帰宅後に見た、さらに冷たい現実
帰宅して間もなく、夫は寝室でこっそり、アウトレットで買ったバッグやシャツ、そしてネクタイを写真に収めていました。
偶然その場に入った私に気づくと、夫はサッとスマホを伏せて写真をやめました。
私は直感しました。きっとあれは“旅行の記録”ではない。
あの女に送るためだったのだ、と。
バッグやシャツ、ネクタイの写真を送って、きっとLINEでは
「今度着けていくね」──そんな会話が交わされているのだろうと、容易に想像がつきました。
旅行をしても、夫の心は私にはなかった。
楽しいはずの旅行が、さらに虚しさと悔しさの残るものとなった瞬間でした。
そして、私はこの旅行を通してはっきりと気づきました――夫が旅行に行ったのは、私に対して
「最低限の夫の役目は果たしている」と示すためだったのだと。本当に行きたかった相手は私ではなかったのです。
最後の夫婦旅行、夜空の下で思ったこと
旅行中、露天風呂に入り、夜空を見上げながら私は思っていました。
「これから私の人生、どうなるんだろう」
不安でいっぱいの気持ちを振り払うように、何回も深呼吸をしました。
あれほど楽しみにしていた旅行が、こんなに苦しく、寂しいものになるなんて──
ただ、悔しさと空しさだけが胸に残る、私と夫の最後の旅行でした。
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