夫の裏切りがわかり、この家を出ると決めました。
いずれは離婚も見据えての別居です。
もうここに戻ることはありません。
20数年前、長く住み続ける家として購入したこの家。
インテリアを考え、家具やカーテン、カーペットを一つずつ選び、自分なりに居心地のいい空間を作ってきました。
窓から見える景色も好きでした。
このリビングの空間も好きでした。
ここで年を重ねて、古くなったら少しずつ手を入れて住み続けていく。
そんな未来を疑ったことはありませんでした。
だから、この家を離れると決めた今でも時々悲しくなります。
この景色を見るのもあと少しなんだ。
この空間で過ごす時間も限られているんだと。
家具は全部置いていきます。
持っていくのは車に乗る小さな荷物だけです。
冷蔵庫も10年以上経ち、そろそろ買い替えようと思っていました。
食洗機も壊れていて、新しいものを検討していました。
でも今はもう買い換える気持ちはありません。
冷蔵庫は私が家を出る日まで壊れなければそれでいい。
食洗機も自分一人分の食器なんて手洗いで十分です。
水回りのリフォームも考えていました。
お風呂はどうしよう。
トイレはどんなものにしよう。
ガスをIHにするのもいいかもしれない。
そんなことをカタログを見ながら考える時間は楽しかったです。
そのために数年前から少しずつ積み立てもしていました。
でも、その計画もやめました。
これから先、この家をどうするかは夫が決めることです。
私は少しでも現金を残して、次の生活に備えなければいけません。
先日、ベランダに置いている木製の椅子の塗装が剥げているのを見ました。
以前の私なら、「塗り直さないと」と思っていたはずです。
でも、その椅子も置いていくものです。
綺麗にする必要なんてありません。
私は別居を決めてから、この家のメンテナンスをやめました。
もうここに私の生活の未来はない。
そう思ったからです。
掃除はまだしています。
あと一年ほどここで暮らす予定なので、今まで通りです。
でも、別居の日が近づくにつれて、綺麗にしたい気持ちは少しずつ離れていくのかもしれません。
夫は結婚してから掃除機を持ったことがありませんでした。
家庭内別居になり、私が夫の部屋の掃除をやめてから、ようやく自分で掃除をするようになりました。
この先、この家がどうなっていくのか。
義母が掃除をするのかもしれない。
別の誰かがこの家に来るのかもしれない。
でも、それはもう私には関係のないことです。
悲しいですが、それを受け止めながら、
持っていくもの。
置いていくもの。
捨てるもの。
少しずつ整理しています。
家を片付けながら、私はこれまでの生活も静かに片付けているのかもしれません。
▶ 前回の記事をまだ読んでいない方はこちら →娘の結婚式、私は夫と別々に会場に向かいました
※これまでの夫の裏切りの経緯は、裏切りの年表で時系列で確認できます。


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