今年、娘が結婚式を挙げました。
披露宴はせず、ホテルでの挙式のみ。
参列者も両親と兄弟だけの、小さく温かな式でした。
本来なら、ただ娘の幸せを心から祝うだけの一日になるはずでした。
けれど私にとっては、「夫と行動を共にしなければならない」という大きなストレスを抱えた一日でもありました。
娘の結婚式の日取りが決まった時、もちろん楽しみな気持ちもありました。
でもその一方で、私はずっと憂鬱でもあったのです。
夫と一緒に行動しなければいけない。
そのことを考えるだけで、気持ちが重くなっていました。
会場までの移動、親族として並ぶ場面、写真撮影、会食――。
娘の晴れの日なのに、私はずっと「どうやって夫と距離を取るか」を考えていました。
そして迎えた結婚式当日。
会場までは車で30〜40分ほど。
夫は当然のように「一緒にタクシーで行く」つもりで話しかけてきました。
でも私は、その時間を想像しただけで苦しくなりました。
二人きりで同じ車に乗る。
きっと会話はない。
ただ重たい空気の中、無言で座っているだけ。
そんな時間を、娘の大切な結婚式の日に過ごしたくありませんでした。
だから私は、
「私は別で行くから」
そう言って、夫とは別のタクシーで会場へ向かいました。
結果的に、その選択は間違っていなかったと思います。
道中、タクシーの運転手さんと何気ない会話をしながら向かう時間は、とても気が楽でした。
夫と無言で過ごす30分とは比べものにならないほど、穏やかな時間でした。
タクシー代が余分にかかったとしても、私にとっては十分価値のある出費でした。
ホテルの控室でも、私は息子夫婦とは普通に会話をしていましたが、夫とは一言も話しませんでした。
ウェディングドレス姿の娘が控室に来て、写真撮影が始まった時も、なるべく夫と並ばないようにしていました。
ただ、息子に言われて「娘と両親」の写真を撮る流れになった時だけは、仕方なく並んで撮影しました。
夫から話しかけてくることもありませんでした。
式の最中も隣同士の席でしたが、私は少し距離を空けて座っていました。
式が終わり、両家の会食まで少し時間がありましたが、その間もお互い会話はなく、私はなるべく離れた場所に座っていました。
会食では、娘が気を遣って席を決めてくれていました。
両親同士が隣にならないように配慮し、私は新郎のお母様の隣の席でした。
その気遣いがありがたく、同時に切なくもありました。
夫は機嫌よく娘や息子と話していましたが、私はその輪には入らず、新郎のお母様と話をしていました。
一度だけ、夫が私に同意を求めるように話を振った場面がありましたが、私は黙ってうなずいただけでした。
この日は息子がよく話してくれて、本当に助かりました。
もし息子が無口だったら、あの場の空気はもっと重たくなっていたかもしれません。
帰りも、夫とは別行動でした。
夫はタクシーで帰り、私は電車で帰宅。
ホテルから最寄り駅までは息子夫婦と一緒にタクシーに乗りましたが、私たち夫婦の今の状況を知らない息子のお嫁さんは、「なぜお義母さんはお義父さんと帰らないのだろう」と不思議に思ったかもしれません。
娘の大切な結婚式。
人生の節目となる大きなイベントでした。
本来なら、娘の幸せだけに集中して、心から祝福したかった。
でも現実には、夫の存在をどう避けるか、どう距離を取るか、そんなことばかり考えている自分がいました。
そのことが、娘に申し訳なくてたまりませんでした。
そして、こんな状況を作った夫への怒りも消えませんでした。
もしこの場に夫の両親、つまり娘の祖父母まで参加していたら、私はさらに強いストレスを感じていたと思います。
夫には会話をしなくても済みます。
でも、何も知らない義両親には、そういう態度を取るわけにはいきません。
だから今回、娘夫婦がいろいろと配慮しながら式を考えてくれていたことには、感謝しかありません。
そして同時に、
「親として夫婦揃って出席する行事は、これで最後かもしれない」
そんな安堵感もありました。
結婚式が終わったあと、私はどっと疲れが出ました。
「やっと終わった」
そんな気持ちでした。
娘の晴れの日。
本当におめでたく、幸せな一日だったはずなのに。
その裏で私は、ずっと気を張り続けていました。
でもこれで一区切りです。
あとは、自分自身のこれからの人生に向かって進んでいくだけなのだと思っています。
▶ 前回の記事をまだ読んでいない方はこちら →離婚後の年金生活、不足分はどうする?⑤配当金
※これまでの夫の裏切りの経緯は、裏切りの年表で時系列で確認できます。


コメント